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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2796号 判決 1978年7月31日

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 野口敬二郎

同 原島康廣

被控訴人 乙山春男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「(一)原判決を取消す。(二)被控訴人は、控訴人に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求めた。

被控訴人は当審において公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面をも提出しない。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、控訴代理人が、甲第四号証を提出し、当審における控訴人本人尋問の結果を援用したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断するのであるが、その理由は、次に付加、訂正するほかは原判決理由説示と同一であるので、これを引用する。

(一)  原判決四枚目裏五行目「甲野一郎」の下に「(昭和一五年生)」と加える。

(二)  同四枚目裏七行目の「甲三号証、」の下に、「千葉大学からの送付にかかり成立が認められる甲第四号証」と加える。

(三)  同五枚目表七行目の「被告は」以下六枚目裏四行目末尾までを次のとおり改める。

「口論となったため、車掌や駅員らが制止に入ったが、一郎が被控訴人を蹴ろうとしたので、車掌が一郎を押え、駅員が被控訴人を押えて二〇メートル位引離したところ、一郎が追いかけてきて所携の長柄の雨傘で被控訴人に殴りかかり、車掌や駅員では制止し切れない状態となったので、被控訴人や駅員が周囲の乗客に警察官に連絡するよう頼んだが誰も応じなく、仕方なしに駅員が駅事務室まで行って警察官に電話すべく現場を離れた。すると、一郎は、被控訴人を蹴ったり、傘で足を突いたりして暴行はますますつのる勢となり、そのため当初は手向わずに避けていた被控訴人も、ついに興奮して所携の雨傘で反撃する状態となり、被控訴人は、そうする間に自分の傘を落してしまった。しかるに、一郎は、なおも傘で打ちかかってき、被控訴人は、これを防いで右傘を奪い取ったが、一郎は、それでも依然暴行をやめようとせず、手拳で殴りかかってきたので、被控訴人は興奮、狼狽の余り、咄嗟に一郎に向って右傘を突き出したところ、これが一郎の左前額部に突き刺さり、前頭骨を刺通して頭蓋腔内に達する深さ九糎の刺創を負わせ、右傷害による脳出血のため前記のとおり死亡するに致らしめたものである。なお、両名が降車してから被控訴人が傘で刺すまでは、数分の間の出来事である。

《証拠判断省略》

右認定事実から判断すると、一郎の暴行は、当初においては、もとより被控訴人がこれを排除するために防衛行為に出るよりほかない急迫不正な侵害といわざるを得ないものであり、一郎が傘を奪い取られた後においても、さらに手拳で襲いかかってくる状況にある以上は、右侵害はなお続いているとみるべきものであるところ、被控訴人が当初これに対して防衛する意思であったことは明らかであり、途中から興奮して反撃に及んだ後においても、あくまでも急迫不正の侵害を排除するため一郎に立ち向う意思であったものであり、それを越えてあえて先制的に一郎に対し暴行傷害を加えようとする加害の意思があったとは認められないから、被控訴人に防衛の意思の存したことは終始変りがないというべきである。しかして、被控訴人が一郎に対して傘を突出した行為は、右行為が、逃避することもできない前認定のような状況下において、しかも防衛上奪い取った傘をもって、興奮、狼狽の余り咄嗟に殺意もなく、なされたものである以上は、これをもって自己の生命、身体に対する危険を防衛するために不必要、不相当なものであったということはできず、社会通念上も已むを得ないものとして是認せざるを得ないものと考える。もとより、人一人を死に致らしめた結果は重大であるけれども、本件においては遺憾ながらこれも不測の結果というよりほかなく、右結果と比較考量してみても、前示判断は動かし難いものであるといわなければならない。

そうとすれば、被控訴人の行為は、民法第七二〇条所定の正当防衛行為にあたり、違法性を欠くものであって、被控訴人には損害賠償の義務がないというべきである。」

よって、原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 内藤正久 堂薗守正)

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